よもやま話

モノを捨てる

捨てるのではなく、手放す

モノを捨てることは、モノを大事にしていないこととは違います。ここをまず押さえておいた方がいいかもしれません。そしてスピリチュアル的には、“捨てる”というよりも“手放す”という表現の方がしっくりくる気がします。でも、ここでは一旦“捨てる”という表現を使っていこうと思います。

今の私は必要なものと好きなものに囲まれて過ごしていますが、以前はモノが捨てられませんでした。

「いつか使うかもしれない」

「使えるのにもったいない」

「とりあえず取っておく」

という思考回路です。

でも、以前はそれしか考えられなかったし、それがすべてでした。私がモノを捨てられなかったのは、戦争を体験し、モノのない時代を生きた祖母の影響が大きいと思います。時代によって状況はどんどん変わっていくものです。

そのモノに“思い入れ”があるかどうか

今でも、「私はモノを捨てられるタイプの人間です」と断言することはできません。“部屋に持ち込むから捨てられなくなる”ということに目を向けて、そもそも持ち込まないようにするという、いわば原因療法を取っています。持ち込んだモノを捨てるというのは対症療法のようなもので、捨てられない性格の人には、なかなかその対処ができなくて困ってしまうのかもしれません。

“捨てる”という言葉にどこかで反応してしまう人もいると思います。いかにも粗末にしているような気がして罪悪感がある、ということもあるでしょう。まさに私がそうでしたから、そうした考え方は理解できます。

「今はそこまで強い気持ちはないけど、以前の自分にとっては大切だったモノ」

「大切な人からのいただきものだから、その人の気持ちを大事にしたいモノ」

それを捨てるなんてできない、という感覚もあるでしょう。

手放すことを難しくさせているのは、きっと、“モノそのものの必要性”というよりも、“モノに対する思い入れ”や“捨てることに対する罪悪感”が大きいのではないでしょうか。そう考えると、モノを手放すということは、“思い(重い)を手放すこと”だと言えるかもしれません。

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