来てくれた!嬉しい!
先祖や亡くなった近親者を偲ぶのは、とても大切なことだと思います。私たちが様々な経験ができて、魂として成長できるのは、脈々と命をつないでくださった存在があるからに他なりません。
日常生活に追われていると、先祖を偲ぶ時間、ましてやお墓参りなどはとてもとても時間を割くことができない、と頭で考えてしまうのは無理もないことだと思います。でも、だからこそ、あえてその時間を作ることの意義についてお話したいと思います。
ご先祖は、あなたが日々慌ただしく生活していることも上から見ていてわかっています。では、もしあなたがご先祖の立場だったとしたらどうでしょうか。
自分と縁のある人が忙しいなか時間を作ってお参りに来てくれたとしたら、ものすごく嬉しいのではないでしょうか。「あぁ、忙しいのにここまで来てくれてありがとう」と感じると思います。遠方からはるばる時間を掛けて来てくれたとなれば、喜びもひとしおでしょう。
そうした“心”というのは必ず伝わるのです。いつも先祖のことを想っていて、心の中で感謝の気持ちを伝えることも、それはそれでなかなかできることではないですし、素晴らしいことだと思います。それでも、実際にお墓にお参りするという“一歩踏み込んだ行動に移すこと”は、ご先祖との絆をより深めることにつながります。そして、お参りの後はとても清々しい気持ちになるものです。
意識するとつながる
守護霊には遠いご先祖がついていることが多いといいます。現実として、“守られている”とか“導かれている”ということを実感できないとしても、意識することで、確実に循環するようになり、「あぁ、これが守られていることかもしれない、導かれていることかもしれない」と、なんとなく感じることが増えてくると思います。
守護霊はあなたをいつもサポートしたいですし、そのために力を発揮したいと思っているのですが、あなたが見向きもしなかったり、違う方向ばかり向いたりしていたら、すれ違ってしまうのは仕方のないことかもしれません。
私も今では繋がっていると信じているので、ふとした瞬間にそれをフィーリングとして感じることが多くなってきたように思います。信じると、そうした感覚も研ぎ澄まされてきます。
お盆やお彼岸という時季にとらわれず、思い立ったらお墓参りに行かれてみてはいかがでしょうか。